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ナース・エッセイ

祖父の死をきっかけに気が付いた、「看取りができること」の意味

2015年08月12日 2,114 アクセス

テーマ:看護師になって辛かったこと

別れ

essay 5

たくさんの「看取り」の中で

看護師をやっていて、いろんな人の最期を看取ったりしていました。
長い人生を歩んできた人の最期を見れる、居合わせることができることは幸せなことだと最近思いました。

突然だった、祖父との別れ

祖父が体調を崩して入院して、急変したものの持ち直して、回復していきました。
回復していったから会いに行かなくていいかなと思い、休みであったものの、会いに行きませんでした(県外で仕事していて、遠かったため)。
けれど、今週退院出来るでしょうと、医師から説明があった翌日に早朝急変してそのまま、逝ってしまいました。
最期は家族誰一人看取ることができず、亡くなってしまったため、とても悔しい思いでいっぱいです。

看取りができる「幸せ」

別れができることは幸せなことだと感じました。
なので、患者さんで、最期看取ることができるのは幸せであってなるべく家族が悔いの残らない別れを提供できるよう努力が必要だと思いました。

●執筆●ビール さん

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