ナースプレス
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泣いて笑って訪問看護

第14回 『訪問看護で直面する悲しみ』―グリーフケアとは?

2016年02月15日 721 アクセス

著者川上 加奈子(かわかみ かなこ)
株式会社M・R・K 訪問看護リハビリステーション大旺 看護主任
麻布大学臨床検査技師コース卒業後、東邦大学医療短期大学看護科へ入学。卒後、東邦大学医療センター大森病院でNICUに4年従事する。その後、横浜旭中央総合病院で外来にて抗がん剤治療などを担当。2012年より現職。

医療の場が在宅へと比重が高まるものの、まだまだ知られていない訪問看護。ここでは訪問看護の実際について、エピソードを通じてご紹介します。


悲しい・・・。

こんなに悲しいのは初めてかもしれない。

毎回大切な利用者さんが亡くなる度に思うことではあるが、今回はさすがに訪問に入って直ぐに担当になり、今日まで連れ添った五年目の方であった。

覚えているだろうか―。

前に、胃瘻を造設するか否かで迷ったというエッセイに出てきたアルツハイマーのMさん

胃瘻を造設してからは順調で、この先も長く寄り添って生きていけると信じていただけに、ショックが大きかった。

いま、自分の想像を超えた虚無感に正直戸惑っている。

その時は突然訪れた

月曜日、朝起きたらメールが届いていた。

着信は朝の3時半。

「かなこさん、病院から、Mさんの呼吸がとまっちったと連絡がありました。」

息子からのメールだった。

頭の中が真っ白になった。

息子に直ぐに電話をかけたいのに番号が探せなくて、指が行き場を失っており、

『ああ、私いま凄い混乱しる…』

自分でもわかった。

「もしもし?かなこさん?」

いつもと変わらない息子の声に、『あれ?もしかしていつもの冗談じゃないよね?』と淡い期待を抱きながらも

「メール・・・メール・・・本当?」

と聞くのが精一杯だった。

「うん。今病院。母ちゃん急に・・・逝っちゃっ・・・」

言葉が最後まで言えず、ふるえながら声が裏返る息子の声を聞いた時、現実なんだなと呆然とした。

なんで突然死んでしまったのか・・・。

土曜日に救急搬送したのは私。

イレウスを起こしていたから搬送し、それは入院して直ぐに処置をしてもらい、治ったはずだったのに。

死因はイレウスによる腹膜炎などではなく、痰づまりによる窒息死だった。 それが分かった時の複雑な心境は表現し難い。

年齢は60代でも、内臓は80代だから、急変はあり得ると説明を受けていたらしいが、入院して2日目のあまりにもあっけなすぎる死であった。

どうしようもないと分かっていても『なんで?』『なんでそんな理由で?』『なんで?』 悔しくて悲しくて、そんな疑問が頭をぐるぐるめぐる。

逝去後、すぐにとった行動は

ともかく息子に会わなければ・・・。

どんな時もお母さんの看病を続けてきた息子。

気丈に振舞っているけど、実は凄いもろいのを知っているからこそ心配で、仕事の合間をぬって息子に会いに行った。

ピンポンを押したら、加えタバコでコートを着たままの息子が出てきた。この日は突然の大雪で、息子も正にいま、病院から帰宅したところのようだった。

Mさんのいない空っぽのベッドの前に、つい癖でいつものようにカバンを置いて座ってしまう自分。

「なんだよババア、急にいきやがってよ・・・」

息子も始めは普通に話していたものの、だんだん勢いがなくなってきて、ボソッと

「名前に雪ってつくだけに、雪が連れて行っちゃったのかな・・・」 とうつむいてしまった。

私は、家に着くまでは涙がボロボロ出ていたのに、何故か息子を前にしたら涙が出ず、固まっていた。

「俺、病院にいる時も、姉ちゃんといる時もなんか泣くの我慢しちゃってさ・・・でも、電話でかなこさんの声聞いたら・・・危なかった(笑)・・・本当泣きそうになったよ(笑)」

潤んだ目で笑う息子に

「うん。声、裏返ってたもんね」

そこまで話した時、自然にお互いにぎゅっと抱きしめあった。

固まっていた自分の涙も、堰を切ったように溢れてきた。息子も肩を震わせて泣いていた。

お互い、言葉が出なくて、なんとも言えないやるせない溜め息を何度も何度もつきながら、しばらくそのままでいた。

それから少しして、私はまた仕事に戻り、息子は葬儀の手配に出かけていった。

自宅にいたのはほんの10分程度。

でも、このタイミングで来れて良かったなと心から思った。

泣きたい時に泣けないと、どんどん泣くタイミングを失い、心が固くなってくるからだ。

私は、嬉しいことも悲しいことも、そのときに、その瞬間の気持ちを忘れないようにしていつもエッセイを書いている。

でも、今回はエッセイすら書く気力がなくて、でも気持ちを大切にしたかったので、Mさんに手紙を書くことにした。 泣いてばかりいるよりも、Mさんのことをしっかり思い出してあげること。それが1番の供養かなと思ったからだ。

Mさんとの思い出は、息子と三人でふざけたことばかりが浮かんできて、またまた涙が溢れてくるも、最後まで書き上げた時は、なんとも言えず、穏やかな気持ちにもなっていた。

今日はこれからもう1人の担当だった看護師と2人でMさんとの最後のお別れに行ってくる。 その棺の中にお手紙も入れてもらえたら・・・と思っている。

何度もマッサージした、あのシワシワのお腹にももう、触れなくなるのか…そんなことをふと思ったりもする。

悲しい気持ちは直ぐにはは消えないが、それはそれでいいとも思っている。

これから長い介護生活が終了し、自分の人生が始まる息子。

『まだ40代だからなんとでもなる』と人は簡単に言うが、Mさんの介護を自分の人生として受け入れてきた息子にとって、方向転換をするのは容易なことではないだろう。

でも、それを受け入れなくては生きて行けないのが現実。

時間が助けてくれるかな・・・。

ぬけるような青い空を見上げ、そう思った。

グリーフケアとは…

「グリーフケア」とは、残された家族の心のサポートをすること。

訪問では、亡くなられて少ししてから、花束を持ってお線香をあげにいかせていただくことが多い。 訪問に入ったばかりの頃は家族の為に行うものだと思っていた。

しかし、今は違うんだなと感じている。 共に寄り添った時間、大切な人を失った悲しみを共有することで、家族だけでなく、自分も救われているのだと気がついたからだ。

形式的な挨拶とか、細かいことにこだわらなくても、そこに、心があれば、それで充分なのではないかと感じている。


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